━ネバダ州ゲーミングコントロール(前編)━

 ネバダ州でギャンブルが合法化された1931年当時、 ゲーミングに対する管理・監督責任は郡保安官に委ねられました。 加えて、郡がテーブルタックスの75%を受けとっていた事から、税回収も郡保安官の公務。 また、カジノオペレーターがゲーミングライセンスの許可を得るには、郡保安官、弁護士など計5人のローカルメンバーから成る委員会からの認定を必要とするものでした。つまり、その当時のシステムは非常に ローカル色の強いものであったといえます。

 ネバダ州議会がテーブルタックスに加え、各カジノの総収益に対し一律1%の税金を課す事を決めた1945年まで上記システムは続く事になります。新たな税制度と同時にカジノオペレーターはローカルに加え、ステートからも ゲーミングライセンスの取得を要求されます。そして、 ライセンス発行及び、税回収責任は議長である州知事を筆頭とする6人の委員からなる「ステートタックスコミッション」 に取って代わるのです。
 
  「ステートタックスコミッション」がライセンス発行 に関与していた当時、カジノオペレーターの大部分はマフィアもしくは、それに関係する人物であったと言われています。 それに対し、ライセンス申請者に明確な選考基準を設けず、マフィア排除の努力を怠っていたのは「ステートタックスコミッション」も認める事実。

 その後、ネバダ州議会はゲーミング業界繁栄の為には、産業界に蔓延する組織悪排除の必要性を強く感じ始めます。 それが1955年の「ゲーミングコントロールボード」設立へと実を結ぶのです。設立当初の「ゲーミングコントロールボード」 がただ一点力を入れたのが他でもなく、ゲーミング業界からのマフィア完全排除。その為にライセンス申請者に対する徹底したバックグラウンド調査、厳しい選考基準の設置等を行うのです。

 「ゲーミングコントロールボード」は審査後、「ステートタックスコミッション」に、申請者がカジノオペレータに適しているか否かの忠告をするという、 いわば第三者的な役割を果たすようになります。 しかし、 ライセンス発行決定権を持つのが依然として「ステートタックスコミッション」 という古い体質であることに変わらず、期待された様な効果をあげる事が出来ずにいたのです・・・。

 転機は1959年に訪れます。遂に「ステートタックスコミッション」からゲーミングに関する一切の権限を剥奪することなどを含む現在のゲーミングコントロール法を制定。 現在のゲーミングコントロール法では「ステートタックスコミッション」に代わり、 「ゲーミングコミッション」を設置し、
 「ゲーミングコントロールボード」と共に、産業界の管理・監督責任を担うようになるのです 。

 

【参考文献】

CASINO OPERATIONS MANAGEMENT
JIM KILBY
JIM FOX

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